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札幌地方裁判所 昭和52年(ヨ)568号 決定

債権者 甲野太郎

右訴訟代理人弁護士 横幕正次郎

債務者 株式会社北海道新聞社

右代表者代表取締役 上関敏夫

右訴訟代理人弁護士 矢吹幸太郎

同 矢吹徹雄

主文

本件申立を却下する。

訴訟費用は債権者の負担とする。

理由

第一  債権者は、「債務者は債権者に対し別紙目録記載のとおり新聞を本案判決の確定に至るまで毎日(休刊日を除き)販売、送附せよ。」との仮処分を求め、

債務者は、主文と同旨の決定を求めた。

第二

一  次の事実は当事者間に争いがない。

1  債権者は新聞販売店を営むため、新聞発行を業とする債務者との間で、昭和四八年四月一日要旨次の如き契約を結んだ。(以下本件販売契約と称する。)

(一) 債権者は購読者に対し定価を以って新聞を販売し敏速正確に戸別配達をする。

(二) 債権者が債務者に支払う新聞原価は本契約成立の際一部一ヵ月五九五円(後日、新聞定価変更などの場合は変更することがある)とする。

(三) 債権者は当月分新聞原価を当月末までに債務者に支払う。

(四) 債務者は債権者の販売取扱部数を毎日鉄道便で送附する。

(五) 債権者に左の各号の一に該当する行為があったときは、債務者は債権者に対し一定の期間を定めて催告し債権者がこれを同期間内に改めないときは、債務者は何らの通知、催告をしないでこの契約を解除できる。(以下本件解除条項と称する。)

1 新聞原価の支払を怠ったとき。

2  新聞の配達又は新聞代金の取扱等に関し不正があったとき。

3  債務者の名誉を毀損し、または債務者に損害を及ぼす行為があったとき。

4  債務者の承認を得ないで他人に代理経営させたとき。

5  債権者が破産、禁治産、準禁治産の宣告を受けたとき又は債務者に対する著しい背徳行為があったとき。

6  その他本契約各条項に違反したとき。

(六) 契約期間は本契約成立の日から三年間とするが期間満了三ヵ月以前に格別の意思表示がないときは更新したものとする。

2 債権者は右契約により債務者から別紙目録記載のとおり新聞を買受けてその送附を受け、配達員一五名を擁し今日までその新聞の販売業務を営んできた。

3 債務者は昭和五二年六月二五日債権者に対し本件販売契約を解除する旨意思表示し、かつ新聞の販売、送附は同五二年八月末を以って終了させるから同年八月二〇日迄には債務者側に業務引継を了すべしと通告した。(以下本件解除と称する。)

二  そこで以下右解除の意思表示の適否につき判断することとする。

1  《証拠省略》によれば債権者は本件販売契約により○○町のうち△△局区域を除くその余の地域における北海道新聞の独占的販売権を取得し、その地域の消費者にとっては債権者は債務者の一部局又は代理人として、一体のものと見られる立場にあったことが一応認められる。

本件販売契約は継続的関係を生ずるものであり、かつ前示認定の事実関係があることから考えれば、債権者、債務者間の信頼関係が破壊された場合には当然解除権が発生するものというべく、本件解除条項も信頼関係破壊の一徴表を定めたものと解するのが相当である。

また、本件解除条項中には「解除事項該当の事由が生じたときは催告して一定期間内に改めないとき当然解除となる。」旨の催告条項が存するが、これは改善・回復不可能な場合や信義則上直ちに解除されてもやむえないような重大な非違のあった場合には適用する余地がないものと解するのが相当である。

2  そこで右信頼関係破壊の事情の存否につき考えるに、債権者は昭和五二年三月四日知人の強い誘惑に負け賭博をした(以下本件非行と称する。)ことから賭博開張図利罪で検挙され、旭川地裁紋別支部で懲役八月、執行猶予四年に処せられたことは当事者間に争いがなく、更に債権者はこれより以前既に昭和二六年恐喝罪で懲役七月執行猶予二年に、同三四年密漁の罪で罰金一五〇〇円に、同四九年賭博罪で罰金一万円に処せられていたものであることもまた当事者間に争いがなく、審尋の全趣旨によれば債権者は、更に同四五年賭博開張図利罪で懲役四月執行猶予四年に処せられたことが一応認められ、《証拠省略》によれば、本件非行は、いわゆる暴力団関係者二名と債権者とが中心となって、約三〇名ほどを集めて通称トッカンと呼ばれる花札賭博を行なったものであってそれが債務者の新聞を含め新聞報道されたことが一応認められる。

3  そこで、以上の事実から考えるに本件非行は刑事事件としては執行猶予の判決となったとはいえ、かなり大規模で社会的影響も大きい態様の賭博開張図利の犯罪行為であり、しかも前記のとおり債権者は昭和四五年、四九年と二度にわたり賭博開張図利罪、賭博罪で執行猶予付懲役刑、罰金刑の判決を受けているのであって、右各非行は、前記のとおり地域において債務者と同一視されがちな債権者の新聞販売店主としての立場上、債務者の名誉に与える影響は深刻であって、道内第一の発行部数を誇り社会的信用に特に敏感であらざるを得ない新聞発行会社である債務者にとって、債権者のような新聞販売店を抱えてゆくことは耐え難いことといえる。

従って、本件非行により債権者債務者間に本件販売契約を継続するに足る信頼関係は破壊され、しかもその修復は困難な事情にあるというべきであって、信頼関係破壊による無催告の解除権の行使としての本件解除もやむえないものといえ、また本件販売契約解消まで約二ヶ月の猶予期間をおいたことも考慮すれば、本件解除は解除権の行使が権利の濫用にあたるともいえない。

4  なお、《証拠省略》によれば、『債権者は、本件非行につき債務者に詫びたうえ、従前どおり又は名義を債権者指定の者に変更のうえ実質上債権者が営業する形で、なんとか債務者の新聞販売店の経営を継続させてほしい旨申入れたこと。債権者の取扱新聞のうち部数の七三パーセントは債務者会社のものであり、その販売契約を解除されると債権者の新聞販売店の経営が困難になること。債権者は毎日新聞社および朝日新聞社との間においても同種契約を結んでいるが、これらとの間においてはその販売契約は解除されていないこと。

債権者は、昭和四八年以降、主として債務者の新聞の販売を中心とする新聞販売店の経営によって生計を立てていること。』が一応認められるが、これらの諸事情を併せ考えかつ未だ本件非行により債務者の新聞販売部数、配布、集金業務に直接的な目に見える悪影響が生じたことを認めるに足りる疏明はないとしても、これらの事情をもっては未だ右判断を覆すには足りない。

三  以上の次第であって債権者の本件申立は被保全権利の疎明がないことに帰着し、かつ、疎明にかわる保証を立てしめることも相当ではないので、これを却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 磯部喬 裁判官 畔柳正義 千徳輝夫)

〈以下省略〉

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